バンダは抗議団体代表と関係機関との交渉により回避されたとのことで、カトマンズ観光に行かれることに。ラッキー♪
丘の上にあるスワヤンブナートへは、本来400段近い階段を登るのだが、ツアーの送迎車で駐車場がある裏口から入った。
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--- スワヤンブナート(Swayambhunath) ---
《スワヤンブナート寺院》:(世界文化遺産)世界でも非常に荘厳な仏塔のひとつであり、2000年前の物と言われています。仏塔はネパールで最も古いものと言われ、基部には四方を見渡す仏の目が描かれています。カトマンズの西3q、カトマンズ盆地底部より約77q高い小高い丘の上にあります。 在日ネパール大使館のページより
カトマンズ盆地とスワヤンブナートの起源には伝説(カトマンズ伝説)がある。
太古の昔、カトマンズ盆地は広大な湖でした。中国からインドへ帰る途中に立ち寄った文殊菩薩が、湖の一角を剣で切り開くと湖水が流れ出し、カトマンズ盆地ができました。湖の水面に現れていた蓮の花咲く島は丘となり、文殊菩薩はこの丘に仏塔を建立しました。ちなみに最近の地質調査でも、カトマンズ盆地がかつて湖だったことが証明されているらしい。
人間の全てを見通し見守る仏陀の眼そして眉の上の額の印は第三の眼、鼻の位置にある図はネパール数字の「1」を示す。
階段を登っていく途中にも寺院があり、寺院の隣に土産物を売る店があり、なんとも雑然とした雰囲気。場所柄仏具や仏画を商うお店が多く、ここで修行中の仏僧が描いた曼荼羅絵もあるようだ。
世界文化遺産とされている場所なのに、電気コードがぶら下がる光景に、おおらかなネパールらしさを見て苦笑。
丘の上に登り詰めると広場になっていて、巨大なストゥーパ(仏塔)を中心にして数々の寺院がある。裁判所のようなコンクリートの建物はチベット僧院で、ダライ・ラマ14世の写真も奉られていた。床の大理石が見事。
仏塔の周りにはマニ車がある。マニ車は決して不浄とされる左手で回してはいけないので、人々は仏塔を時計回りに歩く。観光客も多いが参拝に訪れている地元の人が多く、お灯明を上げ熱心にお祈りしている。ネパール人は信仰心が厚い。
それにしても人が多い。カメラを構えても必ずどこかのどなたかが写ってしまうので、仏塔正面の巨大なドルジェ(金剛杵)の写真が撮れずじまい(笑)
子育ての神様鬼子母神を祀るハーラティ寺院は、お堂の中がうかがえる正面からの写真撮影が禁止されている。お参りすると一組の夫婦がお祈りの最中だった。お堂の前に座り込んだ妻がお経を唱えれば、合間合間に夫が小さな供物台のような場所に花びらや食べ物を供える。私たち観光客の目などお構いなしに熱心に祈る姿を見ていると、子供の健康や幸せを祈る思いは万国共通だとあらためて痛感。
白い尖塔はインドのシカラ様式の仏塔だそうで、仏教寺院もあればチベット仏教僧院もあり、ヒンドゥー教の影響もあるみたいな…頭の中は混乱状態。そんな寺院の数々を、巨大な仏塔の上から“仏陀の知恵の眼”が見下ろしている。
スワヤンブナートでは、中国からの仏教もチベットに渡り密教となったチベット仏教も、インドのヒンドゥー教も、拘らず受け入れて分け隔てなく信仰する、ネパール仏教の神髄を見ることができる。
カトマンズ盆地を一望しながら、市街地に高層ビルがひとつもないことに気づいた。かつて湖だった場所で人々の暮らしは繁栄しているが、「開発」はまだまだネパールタイムでゆっくりなようである。
裏口に戻る階段を下りれば、寄ってくる物売りと物乞いの人たち。公衆トイレを利用すれば、有料(チップ必須)なのに外国人には辛い設備と状態。これもネパールの現実であるが、「混在と混沌と寛容」というネパールの魅力のほうが上回ったスワヤンブナート観光になった。
※ホームページのネパールトの旅とレッキング - 〔Let's take our time! ふたりで山歩き〕もどうぞ。



