今年もあまり山に行かれなかったのですが、年の瀬の恒例「忘年山行」は、年末にやらねばならないアレコレを無視して(笑)行ってきました。以前に登った三方分山(山行記録あり)への縦走路でもあり、ネットのオトモダチうめちゃんが登ったときから気になっていた山、蛾ヶ岳(ひるがたけ)です。といってもすぐに蛾ヶ岳が浮かんだわけではなく、前からずっと泊まってみたい温泉の奈良田温泉と西山温泉が予約できず、その付近の温泉や登山情報や交通を検索して調べていたら使えるウェブページを見つけました。
→JR東海 身延線沿線トレッキングガイド
安部奥の山々と御坂の山々に挟まれたこのエリアはアルペンガイド(以前発行していて今は廃刊)や昭文社の登山地図から漏れていて、情報が少ないのです。簡単なガイド、付近の温泉情報にコースマップもあってとにかく便利。で、蛾ヶ岳のガイドを見ると四尾連湖までのタクシー料金も記載されているし、この程度ならと思えました。それに登ったことがある人の山行記録を検索しても、みなさんマイカーで四尾連湖からの往復登山なので知ることができなかったのですが、実際は駅からの登山道もあるじゃありませんか!下りは駅まで歩けばタクシー代も片道でいいわけです(笑)
山行記録は年が改まってからゆっくり作成しますが、とりあえず簡単な紹介を…。
写真はクリックすると横500ピクセルの画像で表示します。
続きを読む
新着記事
2006年12月25日
2006年12月22日
わたしを知る誰か
《今日の言葉》
うん。そうだよねぇ。胸に沁みる言葉。
ただその“たったひとり”が私の全部を知ってくれればいいのだけど、
そうじゃない場合もある。
今の世に生きているといろいろと複雑。
私を知ってくれる人がほしいから
ブログなんかやっているのかなぁ…。
→NHKドラマ『慶次郎縁側日記3』
人は誰も ひとり〜NHKドラマ『慶次郎縁側日記』最終回「峠の果て」のせりふから
その者を知る者がいれば良いのです
うん。そうだよねぇ。胸に沁みる言葉。
ただその“たったひとり”が私の全部を知ってくれればいいのだけど、
そうじゃない場合もある。
今の世に生きているといろいろと複雑。
私を知ってくれる人がほしいから
ブログなんかやっているのかなぁ…。
→NHKドラマ『慶次郎縁側日記3』
タグ:ネット
2006年12月21日
映画『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』
クリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』を続けて観てきました。それぞれ秀作なのですが、両方を観ることで監督の製作意図がより浮かび上がると思います。
オフィシャル・サイト(日本語)→父親たちの星条旗 | 硫黄島からの手紙
父親たちの星条旗
観終わって浮かんだのが「calm(穏やかな)」という言葉だった。戦費調達キャンペーンツアーの場面では“英雄”たちを迎えた観衆の歓声や花火・ブラスバンドが、フラッシュバックで硫黄島での戦闘シーンに切り替われば映画を観ている観客の頭上を行くかのように戦闘機の爆音が、そして砲撃と銃撃の音がドルビーサウンドで音量目いっぱいに轟く映画なのだけど。それゆえかえって主人公のひとりドクの終戦後の生活の静かさと、ラストで使われた硫黄島での“海水浴”のエピソードのシーンの静けさが際立つようになっている。
スター俳優を使わないことで、主役3人を演じている俳優たちの名前や個性が邪魔にならない。そういう意味で、ある人物に感情移入して観ることを避けるように作られている。つまりこの映画の主役は「戦争」そのものなのだ。
そしてその「戦争」とは、戦闘で手足が吹き飛び、はらわたがえぐられた惨たらしい遺体になることである。敵のリンチで惨殺されることである。戦闘でなくても、母艦で移動中にあやまって海に落ちてさえも、助けられずに軍に見捨てられるものである。戦いの惨たらしさから遠い場所にいて「戦争」を遂行しているエライ人たちから(キャンペーンに)利用され、人生を狂わされて捨てられることである。
色を抑えたモノトーンに近い映像と静かな主題曲もよい。穏やかに冷静に、戦争のありのままを訴えている映画である。
硫黄島からの手紙の感想に続く
オフィシャル・サイト(日本語)→父親たちの星条旗 | 硫黄島からの手紙
父親たちの星条旗
観終わって浮かんだのが「calm(穏やかな)」という言葉だった。戦費調達キャンペーンツアーの場面では“英雄”たちを迎えた観衆の歓声や花火・ブラスバンドが、フラッシュバックで硫黄島での戦闘シーンに切り替われば映画を観ている観客の頭上を行くかのように戦闘機の爆音が、そして砲撃と銃撃の音がドルビーサウンドで音量目いっぱいに轟く映画なのだけど。それゆえかえって主人公のひとりドクの終戦後の生活の静かさと、ラストで使われた硫黄島での“海水浴”のエピソードのシーンの静けさが際立つようになっている。
スター俳優を使わないことで、主役3人を演じている俳優たちの名前や個性が邪魔にならない。そういう意味で、ある人物に感情移入して観ることを避けるように作られている。つまりこの映画の主役は「戦争」そのものなのだ。
そしてその「戦争」とは、戦闘で手足が吹き飛び、はらわたがえぐられた惨たらしい遺体になることである。敵のリンチで惨殺されることである。戦闘でなくても、母艦で移動中にあやまって海に落ちてさえも、助けられずに軍に見捨てられるものである。戦いの惨たらしさから遠い場所にいて「戦争」を遂行しているエライ人たちから(キャンペーンに)利用され、人生を狂わされて捨てられることである。
色を抑えたモノトーンに近い映像と静かな主題曲もよい。穏やかに冷静に、戦争のありのままを訴えている映画である。
硫黄島からの手紙の感想に続く
タグ:映画


